Gil-Martinの部屋

Gil-Martinの愛する音楽、感じたことなどなど

***当ブログに掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します***
<< ****を入れないコーヒーなんて | main | 自己憐憫の王様 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
帝国主義の罪とイギリス紳士
久々の映画評です。絶対一息ついたら映画見るぞー、と思っていたのですが、さて、と思って上映中の映画を調べてみると、それほど見たいものが見つからず、やっぱりDVDかなとも思ったのですが、『ナイロビの蜂』が終わりかけというのを見つけて見に行ってきました。おまけに途中に寄ったHMVで、Morrisseyの新しいアルバム、Ringleader of the Tormentorsが1,690円というのを発見して、即購入。先日アマゾンで2,500円くらいするっ! と思って、あきらめたところなので、満足満足。やっぱり足を使わないとだめなのね。

ConstantGardenerところでこの『ナイロビの蜂』ですが、去年の夏、確かアメリカで映画のトレイラーがテレビで流れていて見たいなと思った記憶があります。The Constant Gardener。タイトルに惹かれて見たいなと思っていたのですが、公開前に帰国してしまったのだと思います。そして、しばらく前に日本で公開が始まったとき、『ナイロビの蜂』、むむ? もしかして、と思いつつ、キャストがRalph Fiennes, Rachel Weiszというのを見て、同じものであることを確信し、見にいこっと思ったまではいいのですが、日本のテレビコマーシャルで、霊能力者(?)の江原啓之とか言う人がもっともらしく宣伝しているのを見て、ちょっとためらっていました。わたし、なんかこの人が怖いのです。薄気味悪いのです、あのいかにも人のよさそうな笑顔が。霊能力者と言われる人って、人を泣かしてやろう泣かしてやろうってところにうんざりで、John Edwardを見るたび(この人→http://www.johnedward.net/)、このペテン師めがっ、と思うんだけど、江原って人はそんなことを思う前に怖くてこの人の出ているテレビが見られないのです。


といった理由で見ないかと思われた、『ナイロビの蜂』ですが、映画自体はまあまあといったところでしょうか。かなり謎解き的な要素が大です。John Le Carré原作なので当たり前といえば当たり前なのですが。しかし、なんと言ってもこの映画、Ralph Fiennes(そう、ラルフ・フィネスと書いて、レイフ・ファインズと読む、その彼)の映画ですね。このイギリス上流家庭の出身であり、エリート一族でありながら、純粋で、かつ少々内気でというこの役は、彼しかあり得ない! あの切なく哀しげな眼! そしてもちろん、Ralph Fiennes in Africaってことは、彼の出世作であるThe English Patient(『イングリッシュ・ペイシェント』)を思い出さないわけにはいかないでしょう。

ということで、考えてみたのです、Ralph Fiennesというイギリス人男性俳優のことを。実はあまり金髪碧眼男性って、わたし好みじゃありません。碧眼はどっちでもいいのですが、金髪の成人男性ってそれほど魅力的だとは思いません。小さな男の子の金髪だとかわいらしいのですが、大人の金髪ってそれほど柔らかくもないし、柔らかいと禿げてるし。そうじゃなきゃ、なんだか人工的な感じだし。……それはともかく、そんなわたしでもこのRalph Fiennesには参ります。この俳優、イギリス人紳士という(わたしの、そしておそらく多くの人の)妄想を完璧に演じてしまうのですね。

アフリカの地にあるイギリス人という場合、どうしても大英帝国の植民地にやってきている貴族、支配者としての白人という連想は逃れ得ません。幼いころに読んだイギリス小説の影響か、どうしても植民地にいる白いスーツを着ている大英帝国の貴族というイメージにそこはかとない憧れを抱いてしまうわたしなのですが、大人になると、そのイメージが憧れを抱いてはならないものであり、実は人間の欲と血がその白いスーツの下に隠されていることを知って複雑な気持ちを抱くようになりますよね。だけれども、Ralph Fiennesは帝国主義の罪を許させてしまう、または一時的に忘れさせてしまう、われらが平民の憧れのイギリス紳士を体現しているような気がします。

今回の『ナイロビの蜂』では、彼はアフリカに赴任しているイギリスの外交官。いいとこのお坊ちゃんですね。でも、gentleman’s clubではなんとなく居心地が悪そうだったり、押しの強いRachel Weiszにもはにかみながら対応したりするのです。『イングリッシュ・ペンシェント』でも当然のようにエリート一族のご子息ですが、もっともっと内気な感じでした。が、何よりもイギリス紳士でありながら、どちらの映画でも彼は西側帝国主義の罪になぜだか加担しない男として描かれているところがポイントでしょう。

『イングリッシュ・ペイシェント』では、Ralph Fiennesは第二次世界大戦に巻き込まれながらも、自分は大英帝国の利益目的の活動からは距離を保ち、実際、後には裏切りもする。ま、ハンガリー系というところで純粋なるイギリス紳士ではないものの、イギリス貴族なのに、大英帝国の欲と血の論理には少々無縁な存在として、どちらかといえばそれによって苦しめられる存在として描かれるのです。また、『ナイロビの蜂』ではケニアはもはや植民地ではありませんが、元宗主国であるイギリスの外交官たちがその特権を利用して、甘い汁を吸おうとしています。まさにネオ帝国主義。しかし、またまたRalph Fiennes演じるJustin Quayleはそんなあくどい企ては露知らず。その企てを何とかして暴露し、中止させようとする妻でさえ、彼を巻き込まないよう努力するのです。そしてもちろんその白人男性たちの悪徳を暴こうとする人々は、Rachel Weisz演じる少々無鉄砲で熱狂的リベラルな女性、アフリカ人の男性医師、インド系女性という顔ぶれ。権力を握る白人男性への対抗勢力による団結ですね。しかし、イギリス貴族のRalph Fiennesだけは、どちら側にも特に属さず、ただただ無実。

ある意味では、その「蚊帳の外状態」は間抜けとしか言いようがなく、Rachel Weisz演じるTessaがアフリカ人医師との情事をうわさされるように、彼のイギリス人紳士としての男らしさに対する疑問が呈されてもいる、とは言えます。ところが、好都合なことに二人の間のうわさは嘘であるだけでなく、Tessaが情熱をかける仕事に対して欠くことのできない協力者であるアフリカ人医師、Arnoldはゲイだと暴露されます。つまり、ここで植民地側の男性性が無力なものであり、「本物の男性ではない」という帝国主義側からの見方をある種、肯定する見方が提示され、同時にいつも蚊帳の外で頼りなかったイギリス人紳士は「無能」ではなく、まだ「男」であると肯定されているのです。

そんななかでただひたすらRalph Fiennesは切なそうに傷ついた眼で遠くを見つめるわけです。妻に裏切られていたかもしれない男、さまざまな陰謀が渦巻く中で純粋でいられる男、裏の事情をすべて知ると、自分の地位や立場はすっかり捨てて、「高貴な」行動に出る男。ほら、許せちゃうでしょ、帝国主義の利益を享受しているはずのイギリス貴族も。しかも、すべてを投げ打って愛のために死んじゃうんですよっ! 世の少女漫画ファンの、そしてイギリスアクセントにコロっと参るアメリカ人やらその他の女性の心をワシヅカミっ! ってなことで、Ralph Fiennesは永遠にわれわれの憧れのイギリス紳士であり続けるのです。あの切ない眼にやられてしまいますね。もう四十三歳になる男なのに、ということはおじさんなのに、あんな眼をされると、頭を掻き抱いて「大丈夫よ、心配しないで」と言ってあげたくなってしまう。いやー、妄想のイギリス紳士にやられてしまいました。
| gil-martin | 映画 | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 10:12 | - | - |









http://gil-martin.jugem.jp/trackback/63
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
+ SPONSORED LINKS
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ RECENT TRACKBACK
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ BlogPet
+ amazon.co.jp
+ タグふれんず
+ MOBILE
qrcode
+ PROFILE