Gil-Martinの部屋

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今さらだけど『バッド・エデュケーション』
遅ればせながら、『バッド・エデュケーション』見ました。いやー、大満足です。ペドロ・アルモドバル監督、本領発揮です。ここ最近の作品を見ていて、彼の語りがますます洗練されてきたことには気づいていました。昔はわりと雑然とした語り口が彼の特徴だったように思います。しかし、『トーク・トゥー・ハー』辺りから、物語が結末に向かってきちんと流れ、大団円に向かって収束していくようになりました。この『バッド・エデュケーション』では、挿話的な部分はまったくなく、無駄なく物語が語られています。構造的には少々複雑にはなっていますが、語りはよりタイトになってます。見やすくなったのですが、これほどすっきりしてくると、彼の彼らしい魅力が失われてしまうかも、と心配でもあります。
バッド・エデュケーション
バッド・エデュケーション
今まで見なかった理由の一つは、公開されたときにはカトリック教会の神父による性的虐待で世間が大騒ぎになったことがまだ記憶に新しく、ヒステリックなカトリック教会批判が気になってしまっていたからです。もちろん、アルモドバルだから、世間一般のありがちな見方とはまったく違っているだろうことは、容易に予測ついたわけですが。

アルモドバル、何がいいって、やっぱり……愛に溢れていることでしょう。社会からの脱落者、弱者、駄目な人間、ずるい人間に対する彼の視線がすごく暖かい。『オール・アバウト・マイ・マザー』に続いて、トランスヴェスタイトというか、トランスセクシュアル(の途中?)で、なおかつヤク中の人々が主要人物として出てきますが、アルモドバルは駄目な人を切り捨てず、その人たちが周りに迷惑をかけ、害を与えていることを認めながらも、彼らだって真底から悪い人たちじゃないんだと愛を持って描きます。同情に値しない人に対する同情の念さえ、彼は観客に抱かせることができる。道徳的に許せない人のはずなのに、愛される価値がない人ではないのだ、と思わせることができるのです。

『トーク・トゥー・ハー』でベニーニョを演じていたJavier Camaraが、劇中劇のなかで、聖子ちゃんカットのトランスヴェスタイトとして出てきたのは、とてもうれしかったです。『トーク・トゥー・ハー』であのしゃべり、あの仕草でストレートだった、ってのが、ほんと不思議でしたからね。気持ち悪いんだけど、憎みきれない人です、あの人。

アルモドバルの作品に出てくる、トランスヴェスタイトの人たちって、みな同じようなしゃべり方、仕草をします。もちろん、ああいうのがステレオタイプだと思うけど。演じている俳優さんがみな本当のトランスヴェスタイトではないはずなので、アルモドバルの指導かしら、なんて思ってしまいます。

BadEducationでも、この映画、まさに、まさに萩尾望都、そして、竹宮恵子の世界ですよね! 全寮制の男子校で芽生える男の子同士の淡い恋と性。後のほうのトランスヴェスタイトとかドラッグ中毒とかのドロドロな部分はごく近年の萩尾望都ですが、学校の部分はまさに『トーマの心臓』やら『風と木の詩』を彷彿とさせます。日本の少女マンガファンの人々のために、本物本場の人が作ってくれた映画みたい。天使のような歌声を持つ、つぶらな瞳のイグナシオ。校長であるマノロ神父の欲望、イグナシオとエンリケのさわやかな恋。他の人の策略によって、引き裂かれる二人……。ああ、マンガみたい。


でも、スペインだけに生徒と神父さんでサッカーするんですね。あのとても印象的なゴールキーパーの僧衣姿の神父さんが横っ飛びする部分、あの後、真っ黒の僧衣が土ぼこりで汚れてしまうよー、と心配になりました。

それにしてもメヂカラのすごい映画でした。劇中劇のマノロ神父の欲望のこもった眼。監督のエンリケがフアン/アンヘルを見つめる、愛と哀しみのこもった眼。自分の計画を成し遂げるために必死で気に入られようとするフアン/アンヘルの眼。でも、一番は、マノロ神父の眼ですね。彼が抱いていたのがただの欲望ではなく、恋なんだ、とあの眼で表現していました。こう描写するところが、アルモドバルだと思います。権力によって、少年を思うままにした性的虐待者なのに、彼は恋するあまり弱者でもある。そして、このマノロ神父が還俗したベレングエルが、フアン/アンヘルに向ける眼も恋する弱者の眼です。

また、フアン/アンヘルに向けられるカメラ、これは本当に本当に彼を性的欲望の対象として映すカメラでした。カメラはエンリケの、ベレングエルの欲望の視線でもあったのです。この辺り、やっぱりアルモドバル。ストレートの監督には撮れないかも。

Gael Garcia Bernalの役(フアン/アンヘル)は、役者冥利につきるいい役ではないでしょうか? 人を利用し続けるずるい少年。美しく無邪気に見えるのに、彼の考えることは自分の利益だけ。アンヘル(=天使)という名前に変え、天使のような自分の美しさを使って、人々を次々に傷つけていく。かわいらしい八重歯なんか光らせながら、次々に男たちを毒牙にかけていく。エンリケはイグナシオを愛するあまりフアン/アンヘルを許せないわけですが、フアン/アンヘルに対して抗いがたい魅力を感じています。でも、それは彼の美しさや見かけの無邪気さではなく、彼の底に潜む冷たさ、薄情さ、身勝手さから来ているんじゃないかなと思うのです。実際、エンリケはフアンが嘘をついていることを知ってからのほうが、彼に強く興味を抱いているようです。

アルモドバルの映画はいつも色調が印象的です。原色系でキッチュでポップ。家のインテリアもとても素敵。スペインの家はみんなああいうインテリアなのか、と思ってしまうのですが、違うでしょうね。特にイグナシオとフアン/アンヘルのバレンシアのアパート、すごくかわいかったです。でもあんな内装の家に住んだら、疲れるかなあ……。

今回は、劇中劇のイグナシオ/アンヘルの緑のドレスとオレンジのボレロ(だったかな?)の組み合わせも素敵でした。エンリケもイグナシオの母親を訪ねていくとき、緑のスーツに、オレンジのシャツ、靴下という同じ配色でしたね。でも、これも日本人には難しい色の使い方かな? 最近、個人的には緑色が流行でもあるので(ってもう二年くらい続いてますが)、何だか素敵な緑色の洋服を買おうかなあ、とお洒落心も刺激する映画でした。……そういや、『トーク・トゥー・ハー』を見たときは、衝動的にアディダスのバッグを買ってしまったんだった。オリジナルのTrefoilマークのホールドオールが欲しくなって、わざわざebay.UKで探してしまったのです。アルモドバルって、購買意欲を刺激する監督でもあるみたいです、わたしにとっては。



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風と木の詩『風と木の詩』(かぜときのうた)は竹宮惠子による漫画作品。「週刊少女コミック」(小学館)に、1976年第10号から連載開始。1982年7月号から、連載誌をプチフラワー(小学館)に変えて1984年まで連載された。全2部構成。男性同性愛の描写がある少女漫画とし
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