Gil-Martinの部屋

Gil-Martinの愛する音楽、感じたことなどなど

***当ブログに掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します***
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
無政府の暗殺者たち

なぜこのバンド、Statelessを今まで知らなかったのでしょうか? なぜこのバンドはまだそれほど売れてないのでしょうか?

というのがわたしの感想です。しかし、わたしが強力にプッシュしているMy Brightest Diamondもそれほど売れてませんけど。本当にどうしてかわかりません。彼女の音楽的才能は、これほど素晴らしいのに。

今日の記事のバンドStatelessは、My Brightest Diamondのおかげで知ったバンドです。Shara Wordenを招いてのデュエットが2011年2月発表のアルバム、Matildaに入ってます。素晴らしい出来です。Sharaの歌声がこの世のものとも思えません。デリケートでいて力強く、切なくも大胆で。ぜひご一聴を

また、このアルバムのなかには、My Brightest Diamondの"Something of an End"の一部を使用した曲もあり(それが今回紹介する、"Assassinations")、どうやら今回、StatelessはShara Wordenと強い結びつきを持った様子。

こちらがStatelessの "Assassinations"こちらがMy Brightest Diamondの "Something of an End"

彼らの音はどうやらRadiohead, Massive Attack, Coldplayなんかと較べられてます。ということは、もうお分かりですね、ボーカルがファルセットで歌うことがある、ってことです。それだけの理由です、ほとんどの場合、RadioheadとColdplayと較べられるのは。もう一つの理由は、イギリスのバンドだから? 2003年結成のリーズ出身のバンドで、それほど美しくもなければ、それほどオシャレでもなく、かと言って、ひどく醜くもなく、という人たちです。しかしMassive Attackと較べられている理由は、かなりダークなところでしょう。なかなかよい感じです。それだけでなく、2作目はかなりハードに成長しています。わたしとしては、Museを思わせるところもあるかなと思いました。今回は、その激しい路線に加え、現代室内楽グループ(?)であるBalanescu Quartetのストリングスを多用しています。それもなかなか良い出来栄えになってます。

最初に、なぜそれほど売れてないの、という疑問を投げかけましたが、売れるきっかけは十分あったみたいです。わたしが知らないだけで、もしかしたら売れ始めてるのかもしれません。そのきっかけとは、雨後のタケノコのように発生したヴァンパイア・ラブストーリーのなかで成功した "Vampire Diaries"、第一シーズンのフィナーレで、彼らの最初のアルバムの曲、"Bloodstream"(ま、そうでしょう、当然の選曲ですね…こんな感じ)が使われたことです。もう"Vampire Diaries"ともなると新しいものは何もなく、ただのかつてはWBいまはCWチャンネルお決まりの、美しい若者たちが出て来るドラマの1つでしょう。でも正直、このヴァンパイア兄弟2人、ちょっと微妙じゃないですか? いや、TwilightのRobert Pattinsonよりはマシかもしれませんが。原作はえらく馬鹿っぽいです。ドラマは小説に「ゆるく基づいている」らしいですが。ともかくも、「ちょっと自分は人と違ってダークなの」、とか思っている、勘違いティーンエージャーに大うけしている可能性があるんじゃ? と思うのですが、どうでしょう、そこまででもないような。最初のアルバムのメランコリーさが第二作では少な目になったことが理由でしょうか。

ともかく、Shara Wordenを呼んでデュエットしただけで、かなりセンスがいいはず、とわたしは信じてます。頑張ってほしいバンドです。


暗殺

歌詞:Chris James

訳:Gil-Martin

俺たちは上空から探し出す

俺たちは追い詰める

俺たちは自然の変化のあいだを縫って追いかける

風に、雨に刻まれた自然の変化のあいだを

俺たちがお前たちをつけているときもお前は気づかないだろう

俺たちは雷鳴のように突然やってくる、お前が俺たちを目にしたときには

もう遅いんだ


お前の喜びを満たすつもりはない

切って、捕まえて、連れ去って、破壊したくはない

俺たちは、風と雨に刻まれた自然の変化たちの間からやってきた


なぜならその角を曲がったところで待っているものを

お前は止めることができないからだ

なぜならそのすぐそこにあるものを

お前は止められないからだ


音を見つける夢、俺たちは降参しない

俺たちの心を休める音を見つけろ、俺たちはあきらめない

音を見つける夢、俺たちは降参しない

俺たちの心を休める音を見つけろ、俺たちはあきらめない


すぐそこで待ち構えてるものを

お前には止められない


*アーティスト:ステイトレス

 作品:マチルダ

    「アサシネーションズ」

| gil-martin | 音楽 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
わたしだけの神さまは悪魔?

わたしの愛する――とは言えちょっと最近は新しい愛を燃えさせてくれる材料がないのですが――Depeche Mode、なんといっても一番の魅力はスタイリッシュさです。そしてそれは深い思想だとか主義主張に裏付けされているわけではないので表面的なんですけど、すごくいいところを突いてくるところが憎いのです。

わたしが彼らの虜になったのは、 "Behind the Wheel"のビデオを見たときでした。ああっ、もう、あれはお気に入りのビデオとしてうちの一つとして死ぬまでわたしのリストの中に残るでしょう。白黒のビデオでヨーロッパの片田舎を女の子が乗るスクータの後ろに、David Gahanが乗ってうろうろするあれです。 神父さんが「感心しないな」と苦々しく二人を見るところなんて、本当に素晴らしい。そして"Behind the Wheel"って言ってるのに、通常連想するであろう車に乗ってない。スクータなんです。微妙に外している。君が運転席にいる、君がすべてをコントロールしている、と歌うわりには簡単に降りられちゃいそうです。"little girl"と呼びかける男と女の本当の力関係を示唆していると言えるでしょう。これがアメリカのバンドだったら、キャディラックとかに乗っちゃってハイウェイを走っちゃって、もう本当に強いコントロール好きな女性の言われるがままになってしまうっていう歌になりそうなところです。

そして彼らの歌詞の素晴らしさ。これもまたそれほど深みがあるわけではないのですが、ゴス的価値観(彼らはゴスバンドではないですが)の要所を捉えてます。(キリスト教圏ならではの)反キリスト教的でソフトSMです。もしSMソングを二つ挙げろと言われたら、The Velvet Undergroundのそのものずばり"Venus in Furs"(ザッハー・マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』のことです)とDepeche Modeの"Master and Servant"でしょう。あらら、どちらもMでした。Sの曲はこれから考えてみます。ただ美学的にSは面白くないと思うのとそれほど興味がないのでダメかもしれませんが。

というわけで、まさにぴったりのビデオが出ているので "Personal Jesus"を取り上げてみたいと思います。この曲を聞いたとき、もうまさにDepeche Modeだなあと思ったことを思い出します。そしてJohnny Cashがこれをカバーしたとき、何だか複雑な気になりました。Johnny Cashのバージョンはそれはそれで素晴らしかったのですが、彼が歌うと歌の意味がまったく変わってしまうからです。Depeche Modeの"Personal Jesus"は本当のキリストなんてところからは遠く隔たったお手軽な救いを求め与える福音主義的なキリスト教についての皮肉を歌っています。受話器を取り上げて淋しいんだと相談すると、あなたを救ってあげますよ、なんてのは嘘っぱちでしょ、と言っているわけですよね。ところが、Johnny Cashの歌う方は実はこの嘘っぱちキリスト教を真剣に信じている人の歌だったりします。アルコール中毒の人々、犯罪者の方々が突然、キリスト教に目覚めて「生まれ変わって」しまったりすることがよくありますが、まさにJohnny Cashはそのパターンです。ドラッグ中毒だった彼は突然、信仰を発見してファンダメンタリストのキリスト教信者になります。

その文脈で考えると彼の"Personal Jesus"は、個人的な苦悩、自分の悪癖から起こる苦痛のなかで「自分だけの」神が見つけられるのだ、求めることによってそこに救いはあるのだと言っているのです。勝手に悪癖に陥り、都合良く自分を救ってくれたりする存在を見つけちゃったりするわけです。そんなに神さまがお暇だったりするわけはないと思いますが。

Depeche Modeのほうはそちらからは遠く遠く隔たった曲であると言えます。Depeche Modeのオリジナルの "Personal Jesus"もビデオは素敵です。この頃はDepeche Modeはギターを多用した時期であり、それに呼応するように荒涼とした土地とギラギラしたグロテスクさを組み合わせたイメージをビデオに多用しています。

しかし、今度のStargateのリミックスのビデオでは、Depeche Modeの元々持っている想像力に近いものができています。ずばりイメージは魔女狩り! 魔女裁判で有罪にされたと思わしき少女が橋の上から川の中に浸されています。人々の恰好からすると近代初期の後半辺り、つまり魔女狩りの大流行のさなかです。もっともよくあった処刑方法は熱した油の中に入れられることかと思っていましたが、いろいろな方法があったようです。しかし、この魔女の女の子がロープが切れて川の中で溺れ死んでしまったかと思いきや、空中に浮揚してきます。そして彼女とともに湧き上がった水が熱湯(熱油?)となって人々に降り注ぐというすっきりする(?)結末となっているのです。

リミックスとしては、わたしは実は苦手です、これ・・・。本当のハードコアなDepeche Modeのファンであれば、彼らのすべてのリミックスをそれぞれ入手していなくてはならないんだろうと思うのですが、もともとそれほどリミックスには興味がないのです。なおかつこのStargateのリミックスは・・・安っぽくないですか? (ちょっとためらいがちに言ってます)


自分だけの神さま

歌詞:Martin Gore

訳:Gil-Martin

手を伸ばして神に触れろ

君自身のイエスさまは

君の祈りを聞いてくれて

君のことを気にかけてくれる

君自身のイエスさまは

君の祈りを聞いてくれて

君のためにそこにいてくれる


自分が取り残された気がしてただ一人の

実体を持つ存在のように感じて電話の隣にいるなら

受話器を上げろ

君を信者にしてあげる

二番目の解決法でいいじゃないか

僕をテストしてみてくれ

君が悩んでいることは

告白してくれなくちゃならない

僕が救ってあげよう

僕は許しを与える人間なんだ

手を伸ばして神に触れてみよう

*アーティスト:デペッシュ・モード

 作品:バイオレーター/リミックス2:81−11

    「パーソナル・ジーザス」

| gil-martin | 音楽 | 18:05 | comments(0) | - |
21世紀に1980年代が蘇る

最近、かなり流行っているのがGotye。"Somebody That I Used to Know"という歌がヒットしています。どこでどうと言われると何とも言えませんがヒットしているっぽいです。とてもキャッチーな曲を書く人で、"Somebody That I Used to Know"もヒットするのが当然と言える曲です。彼のウェブサイトはこちらから

この人はまずオーストラリアのシンガーのようであるというところが目を引きます。しかも小さな頃にベルギーから移住してきた人らしいです。つまりベルギー系オーストラリア人。本名はWouter de Beckerと言うようです。ということはフラマン語圏でしょうか。だからどういう文化的背景だとか、音楽的特徴があるというわけでもないのですが。どうやら大学ではちらっと日本語も勉強してみたらしい。やめちゃったみたいですが。この曲が収められているMaking Mirrorsは3枚目のアルバムのようですが、オーストラリアの外でもヒットしたのは、この曲が初めてのようです。

彼の口で説明しがたい文化的背景のみならず、彼の音楽は描写が難しいものです。しかしわたしが初めて聞いたときに「うむっ」と思い、その後さまざまな批評なども見て納得なのがGotye=ピーター・ガブリエル+スティング(÷2?)と言う評価です。ご存じのように二人とも70年代、80年代を代表する大ビッグブリティッシュバンド(それぞれGenesisとThe Police)のフロントマンでしたが、80年代にはソロとして大成功を収めました。その二人に似ているGotyeは彼一人で80年代をリバイバルさせてる感じです。

音楽的にはピーター・ガブリエルに近いものがあります。なんだかハイパーでキャッチーな音楽はまさにそうです。でもそれ以上に音楽的と言うより声が似ているのがスティング。低音ではそうでもないのですが、高音でサビを歌っているときが激似です。"Somebody That I Used to Know"のビデオを見たときに、サビを彼が歌う部分がアップになったとき「これってスティング・・・!!!」と思いました。何が似ているって口の開け方! この下のリンクのビデオをご覧ください。口が! 口がそっくり! やっぱり口の開け方、骨格が似ていると声が似るんでしょうね。

スティングっぽい口とそれほどうれしくない裸が見られるビデオはこちらから

ビデオは彼のはだしの足から始まります。最終的には絵の一部になるという構想なので仕方ないんでしょうが、彼の裸はあんまりうれしくないです。うーん。もっと爽やかなビデオだったらいいのにと思うのですが・・・。つまり裸がプラスじゃない方向に働く人なんですよね。最近、特に本当にやめてほしいと思っていたのはMaroon5です。 "Move Like Jagger"のことです(嫌なのでリンクは貼りません)。明らかに彼は刺青が自慢なので、上半身裸なんでしょうが、ちょっと立ち止まって鏡を見てみたほうがよいんではないでしょうか・・・。まず第一に刺青ってものが猫も杓子の今日この頃それほど見せびらかしてもあんまり驚きはしないし(そしてもっとすごい人の刺青はもっともっとすごいし)、音楽的にもキャッチーでポップであることをひたすら目指しているわけだし、なよっとした体でタフガイなふりをするのは、どうなんでしょうか。ファンの人はいいんでしょうが、別にファンじゃない人にとってはちょっと見たくないものを見せられてしまった感があります。アダム・なんとかの裸は好感度がひたすら下がる要素だと思います。Gotyeの場合、別に裸を自慢にも思ってなさそうだし、アートを目指してるっぽいビデオなのでそこまで嫌がらせ感はないですが、それでもペイントされる前の裸の部分がなければもっと好感度が上がったと思われます。

ちなみにこのビデオに出てきているデュエットをしている女性はKimbraというかなりデビューして日の浅いシンガーのようです。彼女もニュージーランドの人ということで、南半球の二人組での歌ってことですね。彼女自身の最初のシングル、"Settle Down"は、テーマや気概は悪くないし面白いのですが、何かがちょっと違うのか足りないのか・・・わからないんですが。なぜニュージーランドの人が21世紀に50年代風アメリカなテーマなんでしょ、という気もしなくもなくて・・・。

その彼女のビデオはこちらから

目指すところが微妙なGotyeですが、音楽的な才能もスティングの方が断然あると思います。人柄としては微妙ですが、音楽を作る才能、リズム感、そしてさまざまな音楽を聞き分け、どう取り入れるかという才能はスティングは群を抜いています。ピーター・ガブリエルはそこまで好きではないのですが、でもやっぱり才能はありましたよね。Gotyeの場合、"Somebody That I Used to Know"はキャッチーだし、その他の曲もすごくキャッチーだけどベタ過ぎて微妙なものも多く、微妙な感じです。まさに80年代が蘇ってきてしまった感じ。

"Somebody That I Used to Know"だけでなくアルバムからの彼の曲がここからストリームできます


『かつて知ってた人』

歌詞:Wouter de Becker

訳詞:Gil-Martin

ときどき君と僕が一緒だった頃のことを考える

あまりに幸せすぎて死んでもいいって君が言った頃のことを

君は僕にピッタリだって言い聞かせてた

でも君と一緒にいるとさびしかった

でもっそれが愛だって思ってて、その痛みをまだ覚えてる


ある種の悲しさに中毒することってある

最後まであきらめきったときみたいな

だから僕たちがうまくいかないってわかったとき

そう、君が僕たちはそれでも友達でいられるって言ったとき

でも僕は終わってよかったと思ったよ


でも君は僕を拒絶する必要はなかったんだ

僕たちが何でもなかったなんてふりをする必要はなかったんだ

君の愛は必要ない

でも君は僕を知らない人みたいに扱うんだ、それってつらいよ

君はそんなにひどいことしなくてもよかったんだ

友達にレコードを取りに来させて、電話番号を変えるなんて

僕にそんなことしなくてもいいんだよ

君はただもう僕がかつて知ってたひとなんだから

前に知ってただけの人なんだから


ときどき君が僕にひどい扱いをしたときのことを考える

そしていつも僕が悪いって思わせてたんだ

あんなふうに生きたくはないんだ

君が言うことばすべてに裏の意味を読み取るなんて

君は忘れられるって言った

そして君がただ知ってた人に執着してるのを僕は知ることなんてないからね


でも君は僕を拒絶する必要はなかったんだ

僕たちが何でもなかったなんてふりをする必要はなかったんだ

君の愛は必要ない

でも君は僕を知らない人みたいに扱うんだ、それってつらいよ

君はそんなにひどいことしなくてもよかったんだ

友達にレコードを取りに来させて、電話番号を変えるなんて

僕にそんなことしなくてもいいと思うよ

君はただもう僕がかつて知ってたひとなんだから

前に知ってただけの人なんだから


*アーティスト:ゴーティエ

作品:メイキング・ミラーズ

「サムバディ・ザット・アイ・ユース・トゥ・ノウ」

| gil-martin | 音楽 | 10:49 | comments(0) | - |
強く、そしてキラキラと

My Brightest Diamondの新しいアルバムAll Things Will Unwindが発表されました。Shara Wordenというアーティストのプロジェクトで、フルアルバムとしてはこれで4枚目となります。My Brightest Diamond名義では3枚目ですが。コンスタントに活動をしているのですが、それほど大ブレイクの兆候もない感じです。わたしとしては、とてもお気に入りのアーティストの1人なので、もう少し売れてほしいと思うところでもあります。しかし、今回のアルバムも出来は悪くないものの、売れるかというと、難しいかも・・・。

もともとMy Brightest Diamondの魅力は、しっかりとした音楽的バックグラウンドを持っていることにあります。オペラ歌手としての教育を受けているので、歌唱力は折り紙つき。ポピュラーミュージックの世界では、わたしの知る限り歌唱力はナンバーワンだと思います。彼女の歌には無理がありません。危なかっしいところも、金切り声になったりすることなんて全くなく、安心して聞くことができます。ただ、ロックというジャンルではそれは必ずいつもプラスではないのでしょうが。こういう人がいるのも悪くないと思います。

今回のアルバムは、しっかりとした音楽的バックグラウンドがあることを強調した路線です。ヴァイオリン、チェロ、フルートなどの楽器も使用しており、アート・ロック/ポップになっています。やはりこれだけ訓練されたボーカルは、クラシック音楽の楽器との相性が抜群ですね。(・・・Tori Amosも最近、クラシックの名曲をアレンジしたアルバムをドイツ・グラモフォンから発売しましたが、書きづらいので、いつかまた)。この路線は大ブレイクをするのには、適していません。でも、彼女のボーカルの質、音楽性から言うと、わたしはいいかなと思います。このクオリティでこれからも楽曲を発表してくれるなら、わたしとしてはずっと続けて聞いていきたいアーティストです。

Shara WordenもDavid Byrneのミュージカルアルバム、Here Lies Loveに参加していましたが、そういう方向に近いかもしれません。こちらのアルバム、David Byrneのファンの方が買ったんでしょうか? 一通り聞きましたが、微妙でわたしは買ってません。

Shara Wordenの歌唱力を考えると、コンサートはとても充実しているんじゃないだろうかと思います。いつかチャンスがあったら!と思うのですが、なかなかそういうこともなく。もう少し売れてくれれば、もっといろいろなところに来てくれるじゃないのかなとは思うのですが。残念です。

彼女の歌唱力と芸術性の高さがわかるのが、歌唱力をひけらかしたい人が良く歌う名曲、"Feeling Good"のカバーです。アーティストとしてのクオリティからして、彼女は何をカバーしてもよいのですが、特にこれは素晴らしいですぜひ、ご一聴をこちらから。ライブバージョンはこちら

My Brightest Diamondのウェブサイトはこちらから

今回訳したのは、My Brightest Diamondの強みが発揮されていると思われる曲。強くなれと歌っています。この曲については、Sharaがデザインし、人身売買の犠牲者となっている子供たちを救う活動をしているLove146にすべての利益が行くT-shirtsが販売されています。こちらから購入可能です


強くなれ

歌詞:Shara Worden

訳詞:Gil-Martin


わたしは水の中の鳥、砂の上の鯨

わたしは洪水の中、火事の中、原油漏れの海の中

怖くてどうしていいかわからない

だから仮面とフィンガーベルを身に着ける


シャラ、さあ、仕事をしなさい

シャラ、これは痛い思いをするわよ


勇気を出して、愛する人

自分が変わるか、ぼろぼろになるかなの


わたしは奴隷、家の中に閉じ込められている

わたしは人を殴る、殴られる

ちょっと悪い子だったりするだけなのに―怒りが募る

だからビーズ飾りのドレスとフィンガーベルを身に着ける


すごく難しいし、重い

何かを求めること、幸せになることは

すごく軽いし、簡単

ただ存在するだけなら


ああ、神さま、わたしをどうするつもりなの

ああ、神さま、わたしの責任って何?


*アーティスト:マイ・ブライテスト・ダイアモンド

作品:オール・シングス・ウィル・アンワインド

   「ビー・ブレイヴ」

| gil-martin | 音楽 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
我慢の限界――神を失う瞬間

恋愛の歌と宗教の歌が交差することというのはよくあることなんだと、この前の "How Deep Is Your Love?"でしみじみ思いました。キリスト教の最も大切な教義(?)は愛ですから当然のことと言えば、当然のことかもしれません。そこで宗教的なタイトルの歌を取り上げようかとも思いましたが、あまりにも抹香臭くなるのも、ってキリスト教では抹香臭くはなりませんが、宗教色が濃くなるのも避けたいと思い、解毒剤的な歌を。

この前、解散を発表して衝撃を与えたR.E.M.の名曲、"Losing My Religion"です。もう20年前の歌になってしまうのですね。月日が経つのは恐ろしい・・・。この曲は、R.E.M.が本当に("The One I Love"が最初のきっかけだったと言えますが、彼らの名声を確実なものとしたという意味で)メインストリームに躍り出たきっかけのような歌です。Rolling Stone誌の読者投票でも、R.E.M.のベスト1になっています。11月15日には、3曲の新曲が収められた回顧盤Part Lies, Part Heart, Part Truth, Part Garbage 1982-2011が発売されます。

R.E.M.が解散するというのは、その他のどんな有名なバンドの解散よりもショックが大きいニュースでした。多くの有名なバンドが軽く解散して、軽く再結成したりするのに比べて、R.E.M.は長年、ずっと活動し続けてきました。Michael Stipeの圧倒的な存在感がこのバンドの求心力ではありますが、大学時代からの友人たちと少々変化はあったにしても、ずっと一貫したギターを中心とする彼ららしいロックを作り続け、演奏し続けた彼ら、その彼らが解散してしまうというのは、一つの時代が終焉してしまうことでもあります。80年代にはアメリカのR.E.M.、イギリスのThe Smithsという二大カレッジ・ロックバンドが存在したと言えますが、The Smithsが非常に短命なバンドであったのに対し、ずっと活動し続けてくれる安心できる存在だったのです。Michael Stipeがエイズになったとか、死んだとかいう噂はあったりしましたが。二つのバンドとも内省的なボーカルとギターを中心とするサウンドという点で、80年代のロックを代表していたと思います。また、伝統的にヘテロのセクシュアリティをセールスポイントとするロックバンドにおいて、フロントマンのセクシュアリティが曖昧な(おそらくゲイであろう、いや、またはバイセクシュアルであろうなどと噂される)バンドであるということも、この二つの共通点かもしれません。

わたしがやはり彼らの解散に特別の感慨を覚えるのは、わたしにとってのアメリカを形作っていた一つの原型が彼らだったからかもしれません。彼らは、Bruce Springsteenではないし、Bob Dylanではないし、The Beach Boysではない。でもわたしの世代にとって、アメリカのロックはR.E.M.だったし、アメリカのリベラリズムや知性を感じさせるものだったのです。もちろん、彼らの音楽を聴き始めたときには、Michael Stipeのセクシュアリティなんてことは考えたこともなかったけれど、彼らの体現しているものというのはわたしのアメリカ観において根底をなすものでした。

Michael Stipeが「カミングアウト」を茶化したビデオはこちらから。このページではやたらめったら怒っている人のコメントが多いですが、セクシュアリティを公言することに大きな重きを置いている人が多いということでしょう。ということは、それほど自分のセクシュアリティをアイデンティティの根本として考えている、またはそういう考えを認める人が多いということでもあります。もちろん、それはゲイであることに対する偏見・迫害が根強いためにある立場ではあるわけですが、セクシュアリティにこだわればこだわるほど、セクシュアリティが「普通」であることに重きを置いている人たちの考え方を補強することにもなるのです。理想的には、別にどっちだって構わない、どう思われようと構わないという世界こそが、セクシュアリティに本当の自由がある世界のはずです。

Michael Stipeの皮肉は、現代社会におけるセクシュアリティの重さを茶化しているものです。彼がゲイだと公言しないこと(どちらかと言えば「クィアだ」と言っているそうです)、またセクシュアリティについて長い間明言しなかったことを卑怯だと怒る人々は、ゲイは虐げられた「人種」なのだから戦うべきだ、という考えを持つ人なのでしょう。現在、ゲイの人々に対する差別が厳然として存在することを考えると、この立場は正しくないとは言えません。しかし、そこに留まっていてはいけないのです。彼の認識はその次の段階にあるのです。

R.E.M.の代表曲の一つと言える、"Losing My Religion." タイトルからすると通常、信仰心を失った瞬間を歌った歌と思われがちです。わたしもそんな風に思っていました。保守的キリスト教の影響力の強い南部出身ではあるけれど、カレッジ・ロックの代表的な存在で、しかも枯葉剤(Agent Orange)を題材にした"Orange Crush"というシングルもある彼らは、信仰心を失った瞬間を歌う曲があっても当たり前だというイメージがありますから。しかし、これは実際の信仰心を失うことを言っているのではないそうです。"losing one's religion"というのは、南部の表現で「我慢の限界」、または「キレる」のことを言うらしいです。もう神なんか信じられなくなりそう、ということなんでしょうが、もう少し踏み込めば、キレると通常のマナーを失ってしまって、神を冒涜する言葉を発してしまうから、とも言えなくもないかもしれません。この言葉の意味を誤解している人は、アメリカ人にも多くいるみたいです。

この歌について、Michael Stipeは「強い執着心に取りつかれた恋についてのポップソングを書きたかった」と言っているようです。その例として、The Policeの"Every Breath You Take"を挙げています。"Every Breath You Take"とは簡単に言えばストーカーの歌ですから、この曲も深淵な個人の信仰心の悩みではなく、思い詰めた恋の歌ということですね。


まだ若いR.E.M.の姿が見られるビデオはこちらから

やはり南部出身で、父親が牧師であり、神に対する疑問を歌うこともあるTori Amosのカバーは、もちろん「信仰心を失うこと」を歌っていると考えるほうが妥当です。そのライブはこちらから


我慢の限界

歌詞:R.E.M.

訳詞:Gil-Martin


ああ、人生は大きい

君ひとりよりも大きい

そして君は僕じゃない

僕がどこまで頑張るか

君の眼の中に僕の努力が映っている

ああ、言い過ぎてしまった

そこまで自分を追い込んでしまった


その隅にいるのが僕だ

その隅でスポットライトを浴びているのが僕だ

今、まさに我慢の限界に達しようとしている

なんとか平静を保とうとしている

でもできるかどうかわからない

いや、言い過ぎてしまった

十分言葉では表現できていない


君が笑っているのが聞こえた気がしたんだ

君が歌っているのが聞こえた気がしたんだ

君が努力してくれるのを見た気がしたんだ


すべてのささやき

起きている間のすべてのささやき

僕は全部を打ち明けているわけではない

君を見張ろうとしているんだ

傷ついて道を見失い、目の前が真っ暗になった愚か者のように

ああ、言い過ぎてしまった

墓穴を掘ってしまった


考えてみてくれ

考えてみてくれ、今世紀最大のヒントだ

考えてみてくれ、このちょっとした失敗を

それが僕を屈服させて、失敗に追い込んだ

もしこれらのファンタジーが全部

地面に渦巻いていたとしたら

ああ、言い過ぎてしまった


君が笑っているのが聞こえた気がしたんだ

君が歌っているのが聞こえた気がしたんだ

君が努力してくれるのを見た気がしたんだ


でもそれは全部夢だった

ただの夢だったんだ


その隅にいるのが僕だ

その隅でスポットライトを浴びているのが僕だ

今、まさに我慢の限界に達しようとしている

なんとか平静を保とうとしている

でもできるかどうかわからない

いいや、言い過ぎてしまった

十分言葉にはできていない


君が笑っているのが聞こえた気がしたんだ

君が歌っているのが聞こえた気がしたんだ

君が努力してくれるのを見た気がしたんだ


でもそれは全部夢だった

努力して、泣き叫ぶ、どうして、と。努力してみて

それはただの夢だった

ただの夢


*アーティスト:R.E.M.

作品:アウト・オブ・タイム

   「ルージング・マイ・リリジョン」

| gil-martin | 音楽 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
世界の終わりにイエスさまと

今日取り上げるのは、結構人気のThe Raptureのニューアルバムです。In the Grace of Your Loveが発売されてまだ間もないところです。非常にノリノリなバンドなんですが、どうもメンバーの方々はパッとしません。なんだかオタク度の高い人々のように見えてしまうのですが、本当はどういう受け止められ方をしているのでしょうか・・・。

このThe Raptureというバンドを検索しようとすると、まず挙がってくるのがキリスト教系のウェブサイトです。それは"rapture"という言葉が「この世界の終わりにキリスト教徒たちが空中で再臨したイエスさまと会うこと」をも意味するからです。「携挙」という日本語が当てられています。この世界の終わりに、という言葉からわかるように、基本的には世界終末論主義者の人々が提唱している考えです。キリスト教終末論では、この携挙と千年王国とイエスの再臨がどんな順番で起こるかという点においてさまざまな議論があるようですが、一番、なじみのある(?)患難前携挙説/前千年王国説によると、

  1. イエスが空中に再臨する
  2. 地上のキリスト教徒たちが空中に引き上げられる(携挙)
  3. 患難時代の到来
  4. ハルマゲドン
  5. イエスが地上に再臨する
  6. 千年王国 

という順番になります。キリスト教系カルトの集団自殺騒ぎは、ほぼこの携挙や千年王国の信念が根底にあります。

もっとも最近の携挙騒ぎは、今年、2011年の5月21日。アメリカのキリスト教ラジオ局ブロードキャスター、ハロルド・キャンピングが来るぞ、来るぞとみんなを脅しました。もちろん審判の日は来なかったのですが、今現在、彼は5月のその日に霊的携挙は実際に起こったのであり、10月21日に物質的な携挙が起こると主張しているようです。・・・もう、ね、あきらめればいいのに、と、非キリスト教徒のわたしは思うのですが、世界終末論というのはカルトにおいて非常に重要な教理の一つであり、彼らは失敗したらそのたびにそれに言い訳を探し、改変し、また次の終末へと備えるように教義を変えていくわけです。むかーし、この来なかった終末という教理がどのようにカルトの結束を固めていくかということを説明してくださった宗教社会学の先生のお話を思い出します。危機というのは、グループの団結を高めてしまうものなのです。良かれ悪しかれ。しかし、キリスト教徒たちはそれほど世界が終わってほしいのか、と思ってしまうところですね。

アメリカ英語のボキャブラリに、「クールエイドを飲む(drinking the Kool-aid)」という表現があります。「彼はクールエイドを飲んじゃったのね」と言うと、彼はとんでもなく変な教義・宗教指導者を盲目的に信じていて、これはもうやられちゃったのね、と言うことです。クールエイドというのは、粉状になっていて水を加えて作る、とっても体に悪そうな子供用飲料のことです。もちろん、普通のKool-aidを飲んでも、新興宗教にいかれてしまうわけではありません。これは1978年のジム・ジョーンズに率いられた人民寺院の信者たちの集団自殺の際に、クールエイドにシアン化合物を混ぜたものが使われたことに由来します。この場合は、単純な世界終末論とはまた違い、ガイアナで集団生活をしていた人民寺院の実態にアメリカ政府が気付いたことに危機感を抱き、すでに強い強迫観念に悩まされていたジム・ジョーンズが集団自殺を指示した、というものです。まだそれほど昔の話ではないので、人民寺院を視察に来た議員一行が襲撃されたときに生き残った人、集団自殺で生き残った人たちの証言を加えた特集が、ときどきヒストリー・チャンネルなんかでやっています。また彼らが集団自殺したときの音声も残っていることもあり、アメリカの社会に強い衝撃を与えた、おそらくもっとも有名なカルト事件だと言えるでしょう。気づけば、この集団自殺の日ってわたしの誕生日でした。この年じゃないですけど。

"rapture"という言葉自身には、そういうクールエイドを飲んでしまった感がある気がします。英語の言葉自体としての"rapture"は、恍惚状態とか狂喜または歓喜という意味で、世の中が終わったりはしないわけですが。

バンドのウェブサイトはバンド名に"music"をくっつけたここです。もっと紛らわしいバンド名のInterpolは(普通に検索すると、もちろん国際刑事警察機構International Criminal Police Organizationにたどりつきます)彼らの地元であるnycをくっつけたものをウェブサイトにしています→ここ

そしてバンドとしての "rapture"はなんだか歌って踊って罰当たりな感じです。いや、薄っぺらいギターと電子オルガンやらドラムの伴奏で、イエスさまを讃える限りなく安っぽい歌を歌いながら、両手を挙げて涙を流しながら恍惚状態に陥っている、現代の福音主義系教会の人々を思い出すと、キリスト教的な意味からも隔たってはいないかもしれません。あの人たち、別に何を信じても構いませんが、もっと音楽のセンスを磨いていただきたい。ついでに言えば、Katy Perryがそんなマーケットを踏み台にしてメインストリームに出てきたと思えば、思いっきり(保守派キリスト教の教義からすれば)罰当たりなイメージを拡散して売り上げを上げているというのは、なんだかねー、と思います。

そんなふうにバンド名をキリスト教的文脈から理解すると、最初のシングルである "How Deep Is Your Love?"の歌詞も、神さまと自分の関係のお話と解釈できます。アルバムのタイトルからすると、この解釈が正しい可能性はかなり高いです。この曲でキリスト教徒の人が恍惚状態に陥ってくれるなら、それほど悪くもない、と個人的には思います。

アルバムを聴くにはこちらから

歌って踊って恍惚状態に陥るビデオはこちらから


君の愛はどのくらい深いんだい?

歌詞:The Rapture

訳詩:Gil-Martin


君が与えてくれる愛は

正しいものを見極めるのに役に立つ

僕の人生ずっと君は

君の光を見るチャンスを与えてくれている

僕が感じている愛情を

全部吐き出そう

僕が泣くと君は僕の痛みを癒してくれる

君の所へ行かせてくれ


その行き止まりの道のところで

足で感じている 君は優しいってことを

太陽がまっすぐに僕の顔に差している

ここが見つけるべき場所なんだ

暗闇では選択肢は限られている

君と僕の二人きり

生きるために必要なものを与えてくれ

君のところに行かせてくれ


君の歌を聞かせてくれ

君に与えられたこの試練では

僕はずっと歩き続けてきた

今、君は僕のすぐ隣を歩いている

山をいくつも僕たちは昇る

僕の君に対する気持ちはすべて

君の靴を履いて立っている

僕が泣くと君は痛みを癒してくれる

ここから離れるのを手伝ってくれ


君の歌を聞かせてくれ


君の愛はどのくらい深いんだい?


*アーティスト:ザ・ラプチャー

作品:イン・ザ・グレイス・オブ・ヨア・ラブ

   「ハウ・ディープ・イズ・ヨア・ラブ?」

| gil-martin | 音楽 | 18:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
青年水夫の詩

振り返ってみると、かなり中年・老年ロッカーの話ばかりしてきたわたしですが、若者も見捨ててはいません。新しくよいバンドを見つけることは、人生の喜びが増えることでもあります。時代によって流行があるために同じようなバンドが一時に出て来るので、しばらく前まで人生の喜びは少な目でした。そのせいでわたしは中年・老年ロッカーにばかり注目していたのかもしれません。特にアメリカにおいては、普通のチャート番組で得るものは何もないと思ってから久しいです。そうなるとなぜかイギリスのバンドは、アメリカよりよいのではないかとひいき眼で見てしまいます。これは今迄からも書いているように、自分がイギリスに対する漠然とした憧れがあるせいもあるかもしれません。アメリカは何だか手の内がわかっているというか。そうは言ってもわたしの好みからすると、実際に良いバンドを定期的に生み出してくれるのはイギリスだったりします。

アメリカかイギリスかといったような偏見は関係なく、このバンドWild Beastsは望みがありそうです。(彼らのウェブサイトはこちらから)2枚目のアルバム、Two Dancersから聴き始めましたが、ずっとお気に入りのプレイリストに入っていました。Wild Beastsという名前からすると、とても激しいメタルバンドのようですが、彼らのサウンドを想像するにはアルバムタイトルのTwo Dancersのほうからイメージしたほうがよいでしょう。繊細で優しく切ない音楽を作るバンドです。どういうジャンルなのか何とも言い難いのですが、ウィキペディアでは「ドリームポップ」とか「アートロック」などというジャンルも挙げられています。一応、まだインディーらしいですね。そして今年出した3枚目のアルバム、Smotherも期待を裏切りませんでした。

彼らのもっともたる特徴は、ボーカルのファルセットでしょう。世間の音楽評論家たちは、なぜかボーカルがファルセットを使って歌うと、すべて一括りにしてしまう悪い傾向があるように思います。すぐにRadioheadとかSigur Rósとか、Travisとか・・・。Wild Beastsに対しては、Mikaと似ているとか言っているものもありましたが、Mikaに??? キッチュでポップなMikaとポップはポップだけど、もっと切ないというか、もっと大人なWild Beastsは、同じ種類では決してありません。

5月に新アルバムを発売した彼らは、このブログのどこかにも書いたことがある、イギリスの音楽番組Later with Jools Hollandに出ています。前にも書きましたが、イギリスに住んでいたら、1度も逃さずに見るんだろうと思うくらい充実した音楽番組です。残念。この番組で新しいアーティストを発見することもいっぱいあるんだろうな、と夢見ています。

Joolsで初めて見て素晴らしかったと思ったのは、Devendra Banhart。Jools Hollandでのパフォーマンスを見てから、他の曲なども聴いてみたのですが、ダメでした。つまらなかった・・・。このビデオを見ると、ええっ!!! こういう人なの? 面白いんだか、自己陶酔型なのか、よくわからん人です。これを見た後で見ると、Jools Hollandのパフォーマンスも過剰演出という気もしなくもない。バレエを踊って、人のボーイフレンドを寝取って、できちゃった結婚したNatalie Portmanと付き合ってたことがあるらしいです。自分たちは他の人よりクールで(ビーガンな感じで―と適当に書いたら、Natalie Portmanは本当にビーガンらしい)他の人より偉いとか思っていそうな2人なので、お似合いだったと思います。

気を取り直して、Wild Beastsの話題に戻ると、彼らはJools Hollandでもよいパフォーマンスをしています。アルバム全体も曲はすべて粒ぞろいですが、ライブもよさそうです。ファルセットをよく使うボーカルなので、ちょっと心配でした。というわけで、Wild Beasts のJoolsでの演奏はこちらから。Bed of Nails; Albatross; Lion's Share 素晴らしいパフォーマンスです。ライブ、見てみたいですね。しかし、彼らはヨーロッパとアメリカしかツアーしない様子です。わたしはここしばらく何のコンサートにも行っていません・・・。

今回、訳に選んだのは、Albatross。Albatrossというと、最初に思い浮かぶのがサミュエル・テイラー・コレリッジ(Samuel Taylor Coleridge)ですが(わたしの限られた想像力では、ですが)、歌詞をよく聴くとその通り、Coleridgeの "The Rime of the Ancient Mariner"に対する言及でした。「老水夫行」という日本語訳が当てられていたりします。この詩は、語り手が老水夫に出会って、彼がどのようにアホウドリ(信天翁とも書かれます)の呪いをかけられることになったか、という彼の経験をとうとうと聞かされるというものです。Coleridgeと言えば、同じくロマン派主義詩人のWilliam Wordsworthとともに湖水詩人と言われるわけですが、実はWild Beastsたちはこの湖水地方出身だったようです。湖水地方というのは、イギリスの北西部にある山々や湖の美しい地方のことです。と言っても、わたし自身は行ったことがないのですが。美しいらしいです。そんなこんなでColeridgeにa特別の親近感を抱いているのでしょうか? 

Albatrossのビデオは彼らのウエブサイトから見られます。

アホウドリ

歌詞:Wild Beasts

訳詩:Gil-Martin


アホウドリ、アホウドリ

お前がその上を飛ぶ大海は何と無関心なことか

わたしはお前を恨む、お前を恨む

わたしの苦悩のすべてに対して

悪く思うな、少しも心を悩ませるな

お前がぶら下がっているのはわたしの首だ

まるで鎖か飾りのように

わたしがたじろぐとお前は裂け目のなかを

海へと落ちて行った、そこにはわたしが

話すべきだった秘密のすべてがある

それらはそのときそこで溺れて沈んでいった

そう、溺れて沈んでいった

そう、溺れて沈んでいった

わたしはお前を恨む、お前を恨む

わたしが経験した苦悩のすべてについて

悪く思うな、少しも悩むことなどない

お前がぶら下がっているのは、わたしの首だ

まるで鎖か飾りのように

わたしがたじろぐとお前は裂け目のなかを

海へと落ちて行った、そこにはわたしが

話すべきだった秘密のすべてがある

それらはそのときそこで溺れて沈んでいった

そう、溺れて沈んでいった

そう、溺れて沈んでいった

アホウドリ、アホウドリよ、

行く道を失ったら、どちらに向かえばいいのだ


*アーティスト:ワイルド・ビースト

作品:スマザー

   「アルバトロス」

| gil-martin | 音楽 | 19:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
素晴らしき人生を振り返って Any Colour You Like

非常にお久しぶりです。とは言っても、誰に対してお久しぶりかわからないくらい、見ている人なんていないのだとは思うのですが。

ブログを離れている間はふつうにブログのない生活していたので、もう二度と戻ることはないんだろうなと思っていました。それでも置いておいたのは、どうやら歌詞の和訳を探してこのサイトに辿りつく人もいるようなので、消す必要はないかと考えたからです。誰かの役に立つなら、願ってもないことですし。そこへかつて一度、記事を書いたことのあるBlackのベスト盤が出るということで、彼のインディ・レコード会社からブログ上でレビューを書きませんか、というメールが来たのです。ブログってすごいねー、なんてひとしきり感心した後で、これをいい機会に1ヶ月に1度くらいの更新(目標はあくまでも低く)を目指して復帰しようと思った次第です。あれからたくさんの新しいアーティストが現れ、よいアルバムが発表されました。でも、やっぱり愛しているのはNick CaveとPJ Harvey, そしてTori Amos(少々愛は減り気味ですが)なのです。そこは不変。

Blackまたの名はColin Vearncombeは、かつて日本以外の国を知らず、日本語以外の言語が不自由だったころの私にヨーロッパや英国に対する漠然とした憧れを具現化したイメージを見せてくれた人だと言えます。多くの人が同じような感想を持っているようです。歌詞を聴けば、それほど「ああ、憧れのヨーロッパ」な話ではないのですが。

このヨーロッパに対する漠然とした憧れは間違っていたわけではありませんが、正しかったとも言えません。彼のビデオクリップのなかで展開されたような世界は存在するし、ヨーロッパの人たちにとって過去となってしまっているわけでもない。ヨーロッパや英国(英国はヨーロッパの一部であることには間違いありませんが、大陸の一部でもなく、ユーロも使ってないという意味ではちょっと違う)、ひいては米国に対するわたしたちの抱く幻想には、往々にして現実の生活を生きる人々の姿を欠いていることが多いと言えるでしょう。そして、その幻想のもう一つの大きな欠点は、そのイメージの中に自分たちを置いてみることを怠っていることから生じます。その場所に実際に行ってみると、現実の生活を生きる人々の姿を見ることになり、その上でその現実の生活を生きる人々の世界観の中にわたしたちの場所を位置づけられてしまうことで、幻滅を感じることになります。その位置づけは多くの場合、非常に不当なものであったり、偏見の上に成り立っているものだったりします。しかし、自分という存在が自己定義によってのみ成り立つのではなく、他者による視点や位置づけによって構成されてもいるということを考えれば、不当な位置づけも事実の一部として受け止めなくてはならないのです。そういう意味では、わたしたちが抱く漠然とした憧れのヨーロッパや英国はわたしたちにとって「現実には」存在しないと言えるでしょう。そのイメージはその文化において中心に位置する人のみが、素直に受け取ることができるものなのです。

・・・少々抽象論になってしまいました。ここで「現実の生活を生きる人々」という表現が婉曲表現であり、実はそれが社会の端に存在する下層階級やマイノリティのことを指していることに書いてからすぐに気づきました。それを婉曲表現にしてしまう自分の偽善者ぶりに愕然とします。教育を受ける機会が少ない下層階級の人々はより強い偏見を持つことが多いのは事実です。それに対して、教養ある人々は、ついついリベラルな思想と政治的正しさによる罪悪感から周縁に属する人々(これは当然、下層階級の人々と同時に、わたしたち非白人をも指します)に対してより寛容な態度を取りがちです。そういう意味で、教養ある人々たちだけが生きる限られた場所ではない街角、道端=現実が偏見と限られた知識を反映していると言えば、現実です。もちろん、中産階級以上の教養ある人々も現実を生きているに違いないのだから、こう書いてしまうことには厳密には誤りであるのですが。ところで、こんなことは全くBlackとは関係ありませんでしたね。

彼の大ヒット曲であり、代表曲である"Wonderful Life"について書いた記事はこちらへ。彼の"Wonderful Life"が名作だったことに誰も疑問をはさむことはできないでしょう。でも改めて聞いてみると、最初のシンセサイザーの音が80年代な感じです。新しいアルバムAny Colour You Likeに収められているのは、2002年版なのに…。ここは絶対、生ストリングスを使うべきだと思います。

このベスト盤Any Colour You Likeは、9月5日発売。彼のウェブサイトによると、ウェブサイトだけでなく、アマゾンやiTunesからダウンロード発売が主になるそう。通常のCDという形態も「コレクターのために」制作はするそうです。わたしは今でもCDという形態で買うのが好きです。ダウンロードだけで買う場合は、全アルバムが欲しいときではなく、曲だけが必要だったりする場合が多いです。1つの作品として見るためには、物質的に形のあるものとして1つとして感じたいからでしょうね。

このアルバムは、彼のメーリングリストに入っている人々の投票で選ばれた曲で構成されているようです。従って、わたしなんかよりもずっと彼の曲を深く愛し、彼のキャリアをしっかりと見守ってきた人々による選曲と言えるでしょう。最初の2枚のアルバム以来、2006年にブログの記事を書くまでBlack/Colinのことは何も知らなかったわたしなので、本当のファンの人々に比べると愛情は全然足りないし、アルバムに収録されている16曲中3曲以外は未聴でした。従って、公平ではないかもしれませんが、やはり "Wonderful Life"を超える曲はありません。彼の今の年齢を考えると、"Wonderful Life"により重みがあるのは確かです。

よい曲がないわけではないのですが、ストレートによい曲で耳には優しいけれど、忘れてしまいそうな曲が多い印象です。歌詞にひねりがあっても(あることが多いのですが)、サビがストレートすぎることも多い気がします。従って、ひねりどころか、少々、変態の気がある(?)2枚目のアルバムの曲、 "Let Me Watch You Make Love"のような曲のほうが印象に残ります。タイトルとして印象に残るのは、"Her Coat and No Knickers"です。歌としては言うべきことがないくらいありがちなんですが、 "knickers"って・・・(現代イギリス英語ではブルマーではなく、女性用下着一般のことらしいです)。通常触れるのがアメリカ英語であるわたしには非常におかしな言葉であり、これがユーモアなのかどうかさえよくわかりません。

変態の気はないけれど、今回、印象的だったのは、2009年のアルバム、Water on Stoneに収められていた曲 "Tomorrow is Another Night"です。いきなり「お願いだから、黙ってくれよ」という歌詞で始まります。うわー、なんだか気まずいところに来ちゃった、とまるで知り合いのカップルが喧嘩しているところに顔を出してしまったような気になります。新アルバムに収められているものは、リミックス版となっています。そしてそれはなぜかところどころJungle/ Drum and Bassのリミックスなのです。その手の音楽にのめりこまなかったわたしとしては、今、なぜDrum and Bass? それって90年代じゃ? と思うのですが、今も存在し続けているらしいので、それほど時代遅れではないのかもしれません。元のWater on Stoneのほうも(サンプルを)聴いてみましたが、オリジナルのアレンジのほうが好きなような気がしてきました。そして、サンプルだけしか聴けませんでしたが、こちらのアルバム、なかなかよいかもしれません。かなりダークな色合いが濃く、素晴らしい人生をただただ賞賛しているのではない態度が見られます。そして何よりも直球な(でもカッコのなかでねじれている)タイトル、 "I Hate You (Don't Leave)"という曲はかなりの低音ボーカルであることも相俟って、Leonard Cohenをほうふつとさせます。もちろんColinのほうが断然歌はうまいですから、とてもよい曲なのかもしれないと期待しています。

Any Colour You Like全体の感想としては、耳に優しい感じです。上にも述べたようにBlackの歌詞はどちらかと言えばダークな側面があるにも関わらず、素直なサビに収まってしまう傾向があって、そういうものは特にどうしても印象に残りません。・・・というか、選曲をした人たちとわたしの好みが違っている可能性があるような気がしてきました。サンプルだけを聴いてみた結果、Water on Stoneの8曲中、5曲くらいはかなり好きです。このように、この新アルバムの収穫はアルバムそのもの以外のところにあります。これを聴くことによって彼の知らなかったアルバムを聴くきっかけになる、という点で聴く価値はあるし、何よりもわたしが気に入った曲が2009年のアルバムからの曲という事実は、これからのBlack/Colin Verncombeに多いに期待を抱かせてくれるものです。これが90年代初頭のものだったりすると、この新アルバムを聴いてこれで終わり、ということになってしまいますが、2009年の時点でもよい曲を書き、演奏している、ということは、彼がこれからもよいアーティストとして活動していくことができると思うのです。彼の素晴らしき人生は、これからも素晴らしい人生になるのではないのでしょうか。

Tomorrow is Another Nightの原詩はこちら

明日はまた別の夜

歌詞:Colin Vearncombe

訳:Gil-Martin

お願いだから黙ってくれないか?

少なくともここにいるうちに一人は落ち着かなくちゃならないね

その冷たくて古い考えは自分の中にしまって、しだいに

色あせてさせてしまえばいい

そうしたらたぶん、うまくやっていけるだろう

ベイビー、やっていけるだろう

明日はまた別の夜

君は僕の心を傷つけた

僕の歌を奪った

ベイビー、うまくやっていこうよ

君はただ彼の服や腕やベッドのなかの

初めての女じゃないってことにイライラしているだけだ

彼がそのほかの誰かを愛することになったら

彼をもっと必要としなくなると思うかい?

そんなことより、そう、うまくやっていこうよ

ベイビー、うまくやろうよ

明日は別の夜

君は僕の魂を傷つけた

歌を奪った

ベイビー、うまくやろうよ

*アーティスト:ブラック・コリン・ヴァーンコム

 作品:エニー・カラー・ユー・ライク/ウォーター・オン・ストーン

    「トゥモロー・イズ・アナザー・ナイト」

| gil-martin | 音楽 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
美人声・非美人声

ケーブル三昧の日々は相変わらずで、至急すべきこともいつも毎日のようにあり、それも年末までびっちりあるのですが、言いたいのに誰とも共有できないケーブルテレビの話題をここで語らせていただきます。

ここしばらく気になっているのは、女優さんの話し方・声。英語がある程度わかる方や話す方は気づいていると思いますが、英米の英語を話す人のほうが一般に日本語を話す人よりも、はっきり低い声で話す傾向があります。日本語はかわいく話すことが望まれているせいか、女性が高い声で話すことが多いのですが、英語では低い方が好まれるような気がします。英語・日本語両方を話すほとんどの女性が、無意識に英語の方が低い声で話すような気がします。男性でも同じかもしれません。

というのが共通認識だとは思うのですが、ブリブリの話し方でほんとうっにイライラさせられるのが、この人。CSI:MiamiCalleigh Duquesne。名前を覚えるまでの女優さんでもないので今まで全然知らなかったのですが、今回のために調べてみました。Emily Procterと言うのですね、この女優さん。Emily Procterもうブリブリです。これで20代前半とかいうなら、まあ、許しもしましょう。でも上唇に縦ジワの入っている年齢なんです(金髪の人は上唇に縦ジワが入るのがなぜか早い気もする)。この人の場合、昔は金髪のチアリーダーでそれなりに見られたとは思うけど、今は何とか金髪効果で凌いでいるような印象です。まあ、CSI:MiamiはCSIシリーズのなかでも、存在自体がジョークなのかなあ、という気がするので、いいのでしょうか? ケーブル局の宣伝で、吹き替えの俳優さんが主役のHoratio Caine役David Carusoをおちょくったようなコマーシャルをやっていて、やっぱりみんなそうやって見てるんだろうかと納得しました。David Carusoはいつも大見得を切っている舞台俳優のような台詞回しがどうも変。真面目には見られないです、この番組。


CSIの話をしたところで、うっすら疑問に感じているのが、CSIフランチャイズは全3作(CSI, CSI : Miami, CSI:NY)日本でやっているのに、Law & Orderは2番目のLaw & Order: SVUしかやってないのか、ということです。ディンディン! ってやつ(見てる人にしかわからない)。最初の老舗、もう定年過ぎたような刑事さんばかりのLaw & Order (実際、レギュラーだったJerry Orbachは数年前に亡くなってしまいましたが)、そして曲者なLaw & Order: Criminal Intentをやる気はないのでしょうか? それとも、わたしのケーブルで映らないだけなんでしょうか? 

オリジナルLaw & Orderは平均年齢が高すぎて(?)あまり見る気はしなかったのですが、Criminal Intentは現実離れしたところが好きなので、見たいなー。Vincent D’Onofrioのクドイ演技。そして(Sex and the Cityの)Mr. Bigでお馴染みChris Nothもキャストに加わったとか。SVUもわたしにとっての見所は、陰謀マニアのJohn MunchことRichard Belzerで、Belzerの出番は減るばっかりなので、ここでCriminal Intentを見せて欲しいところです。

それはともかく、声が気になる女優さんに話を戻しましょう。ブリブリで可愛いでしょ、という声の人はさすがにそうはいないわけですが、ガマガエルみたいでイヤなのがRescue Me やらNumb3rsに出ているDiane FarrDiane Farrこの人もとりわけ綺麗な人でもなく、若いときは魅力的だったかも、という気がするんだけど、今はとりあえずしゃべり方が気になって気になって。鼻にかかっているような、妙につぶれたしゃべり方。はっきり口をあけてしゃべってください、とお願いしたくなる感じです。


そしてやっぱりはっきりしゃべってください、と思うのが、Bones というドラマのBones役、Emily DeschanelBonesこの人も鼻にかかった声で、ちょっとだらしのない話し方です。次の言葉を思いつくまで、最後の言葉の音を続けておこうとしているみたいな話し方。それにこの人も綺麗かどうかはとっても微妙。それなのに見てしまうのが、わたしのこよなく愛するBuffy the Vampire SlayerAngelでAngel役だったDavid BoreanzがほとんどAngelと変わらないキャラクターというかノリのFBI捜査官の役をやっているからです。


女優さんについてこれもあれもそんなに綺麗じゃない、と文句ばかり言ってますが、普通の人と較べると段違いの綺麗さだとは思います。でも女優さんとしては微妙な路線のところに、変な声とかしゃべり方だと個性だと見なされて、実は役がつきやすいのかなあとさえ、思い始めているところです。わたしには耐えられない話し方をセクシーだと思う人もいるのかもしれない、と。にしてもCSI:Miamiのぶりぶりオネエサンはいただけませんが。

そこで最後に女優さんではない人を。鼻にかかってこもった声で本当にイライラするのが、Kristie Lu Stoutという香港からのCNNニュースのアンカーCNNhk何となくインド系かと思っていましたが、名前からするとそうでもなく、経歴や名前からすると、中国系のルーツを持つ人なのかもしれません。アンカーなんだから、すっきりしゃべって欲しい! 女優さんなんじゃなんだから、あの声は個性では許されないと思うのです。この人のせいで香港からのニュースは全く見られません。



| gil-martin | つれづれ | 19:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
過去の栄光、現在の余裕
ブログを書かなくなってから約1年(1年以上だったのですが)。もちろん、その間にはCDもいろいろ買ったわけですが、1年も経っていると何を買ったか忘れてしまいます。そのなかからぼちぼち書いていきたいと思います。

ということでそれほど遡りはしないのですが、Nick Caveの新譜について。今年3月に発売されたGrinderman です。アルバム名がGrinderman、バンド名もNick Cave and the Bad Seedsではなくて、Grindermanなのです。
Grinderman
Grinderman
Grinderman
JUGEMテーマ:音楽


なぜ名前を変えたかというと、The Boatman's Call以降メランコリーなピアノ曲が増えて、そういうイメージが定着しつつあったNick Caveが昔ながらのギター中心のグリグリの音を自由にやるため、だとのこと。確かに昔からのファンならば、グリグリなNick Caveこそ、Nick Caveだと思うかもしれません。そう考えれば、Grindermanは原点回帰とも言えます。わたしとしてはどちらもこよなく愛しているので、もう好きにして、わたしはただただついていきます、という感じです。

このアルバムは何といっても、最初のシングル(?)の“No Pussy Blues”に大受けです。あーあ、またエロトラックバックがやってきそうなことを書いてしまった。なんだかいつもそういうことを書いてしまうのです。なぜでしょうか?

最初、曲を聴いたときにも笑いましたが、ビデオもすごい。多分、テレビでは流せなかったのではないでしょうか? 大笑いのビデオです。簡単に言えば、「俺は歳を取って顔も体も醜くなった。かつてロックスターで女の子がわさわさ寄って来たのに、いまや誰もさせてくれないよー」と言う歌です。「出てるお腹をグッと引っ込めて、ぞっとするような彼女のチワワも可愛がったりして努力もしてるのに全然ダメだなんて、ホント、イヤになるよ」と歌っているNick Caveは頭頂部がますます寂しくなり、怪しげな口ひげも生やしていて、そうかもしれないよなあ、とは思わせるのですが。

ほとんど事実だとは思うのですが、この自己卑下ぶりがやっぱりNick Caveの素敵なところです。Grinderman結成についてのインタビューで、「この歌にはもっと深い意味が?」なんてもっともらしく訊いたジャーナリストに、「いや、字義通りの意味だから」と言い切っていたところも素敵です。

往年の(?)ロックスターでこういうことが歌える人がどのくらいいるでしょうか? 年老いてもまだまだ俺はイケる、と痛々しい姿をさらしている人は山ほどいますもんね。もちろんNick Caveの場合、セックスシンボルだったりしたことなど一度もなく、Goth界のなかのみで(ということはGothな女の子たちにのみ)モテモテだったのではないかと思えますが。でもカッコいいです。Nick Cave。

Grindermanのマイスペース http://www.myspace.com/grinderman

Grindermanのビデオ 
No Pussy Blues
Electric Alice
Grinderman

これらのビデオは、レコード会社Muteが直接管理しているみたいです。ということは、youtube上から消えることはなさそう。Mute所属の他のアーティストのビデオもこのMuteChannelのページから見られます。

アルバム:『グラインダーマン』
作品:「ノー・プッシー・ブルース」
アーティスト:グラインダーマン
| gil-martin | 音楽 | 18:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>
+ SPONSORED LINKS
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ RECENT TRACKBACK
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ BlogPet
+ amazon.co.jp
+ タグふれんず
+ MOBILE
qrcode
+ PROFILE